色彩調和論の歴史
色彩検定1級トピック人類は古代からどのような色の組み合わせが心地よく感じるかを時には感覚で、時には定量的に考えてきました。ここではそんな、色彩調和論について、お話しします。
ジャッド
20世紀最大の色彩学者ジャッドは、XYZ、修正マンセル表色系などの表色系など、色彩学に大きな貢献をして、今は色彩学の最高栄誉である「ジャッド賞」にその名前を残しています。
色彩調和の本質を解き明かそうとしたジャッドは、数々の色彩調和論をまとめ、偏ることない視点で普遍性を見出しました。それが次のジャッドの色彩調和の4つの原理です。
秩序の原理
なじみの原理
類似性の原理
明瞭性の原理
色彩調和の原理、なんていわれると、一体どんな堅苦しいものが出てくるんだろうと構えてしまいそうですが、名前を見る限りそんなに難しそうではないですね。名前だけで何となく言いたいことがわかる気もしてきます。
では、一つずつ見ていきましょう!
秩序の原理
Principle of Order
等間隔の尺度で構成された配色は調和します。もうちょっと簡単に言うと、ルールに則った色の組み合わせは調和するよ、ということですね。
例(色相環の場合)
- ある色と、その正反対にある補色、つまりダイアードは調和する
- ある色と、8度ずつ(PCCSの場合)離れた3色、つまりトライアドは調和する
- 色相環を十字に結ぶ4色、つまりテトラードは調和する
などなど。色相環がわかりやすいですが、等色相面や色立体から「一定のルールで」抜き出した色は秩序の原理にあてはまると言えますね。
なじみの原理
Principle of Familiarity
見る人が慣れ親しんだ配色は調和します。別に信号の赤黄青(というか緑)は毎日見ているから調和するとか、そういうことではないです。この原理は、基本的にはもっともっと普遍的に慣れ親しんだ、自然の色彩を指しています。
例
ナチュラルハーモニーは、自然界の色彩に近いため調和する
夕焼けのグラデーションは、慣れ親しんでいるため調和する
などなど。太陽光だけでなく、人口光含めて、自然のルールに当てはめた配色が該当します。
類似性の原理
Principle of Similarity
共通の要素を持つ色同士は調和する、という非常にわかりやすい原理です。同じ色相、同じトーンのものは共通要素があるので調和します。ジャッドは「その共通性の範囲内で調和する」と但し書きをしているように、もちろん同じ項目があれば何でもかんでも調和するわけではありません。
例
等色相面から抜き出した複数色は、色相が共通するため調和する
夕焼けに照らされた風景は、全体が橙のドミナントとなるため調和する
ちなみにジャッドは、類似性の原理は使いすぎると単調に陥ると警告しています。
明瞭性の原理
Principle of Unambiguity
やりたいことがあいまいな配色は調和しない、ということです。ある意味秩序の原理の派生とも言うことができます。つまり、色のルールが直感的、感覚的に気持ちがいいかどうかが重要です。
例
色相と明度が近すぎるよりもコントラストがはっきりしていた方が調和する
黄色の地に黒の文字を入れても意図があいまいだが、黄色の地に茶色の文字を入れると近い色相となり調和する
2つ目の例は結構難しいですね。アメリカ光学会がこの明瞭性の原理に敬意を表して機関紙の表紙を、黄色の地に茶色の文字としています。
これらの4つの原理は、それまでの色彩調和論の最大公約数を取ったものであって、もちろん1+1=2のような絶対的な指針ではありません。ジャッド自身、色彩調和は距離や面積、照明や文化的背景によって左右されることを述べています。
シュヴルール
19世紀フランスのシュヴルールは100歳まで王立の染織研究所の所長を務めた精力的な化学者です。無限の色の組み合わせの中から「心地よい」規則を見つけ出し分類するという、現在におけるヒュートーンシステムの礎となったシュヴルールの研究は、ニュートン、ゲーテに続く大きな功績を持つ色彩古典と言えるでしょう。
シュヴルールの色彩調和論は「類似の調和」と「対比の調和」の2種類に分かれます。わかりやすい名前ですね。この2つの調和はさらに細かい3項目ずつにわかれます。つまり6種類の調和が挙げられています。
- 類似色の調和
– 単一色相における異なる色調の調和
– 隣接色相・近似色相による色調類似の調和
– 一つの主調色による調和
- 対比の調和
– 同一色相による色調対比の調和
– 隣接色相における色調対比の調和
– 色相対比を増大するように選ばれた色彩対比の調和
……???
文字で言われても訳が分からないですね。シュヴルールが色の研究を行っていた時代はまだ色彩学の用語が確立していなかったこともあり、分かりやすいように項目名を付けるとどうしてもごちゃごちゃと説明臭くなってしまいます。
まずは、類似と対比、つまり、似ている者同士が調和するパターンと、特定の差があるものが調和するパターンに大別した、ということですね。
では、細かく見ていきましょうか。
類似性の調和
単一色相における異なる色調の調和
色相:同じ
トーン:少し異なる
隣接色相・近似色相による色調類似の調和
色相:近い
トーン:近い
一つの主調色による調和
もともとの色相:対比
もともとのトーン:対比
上記を特定の色がついたガラス越しに見たような、ドミナントカラーを持つ配色
対比の調和
同一色相による色調対比の調和
色相:同じ
トーン:大きく異なる
隣接色相における色調対比の調和
色相:近い
トーン:大きく異なる
色相対比を増大するように選ばれた色彩対比の調和
色相:大きく異なる
トーン:大きく異なる
※色相対比を増大するような、というのは、例えば片方を暗いトーンにすることで色相の対比がより際立つ場合などを指しています。
ルード
絵を描くのが好きで日曜画家であったアメリカの物理学者ルード。彼が著した『現代色彩学』は、多くの図式を用いてわかりやすく色彩理論を解説しており、色彩学のみならず、多くの芸術家たちにも影響を与えました。
このルードさんの研究に関して、覚える必要がある用語は以下の2つです。超重要です。
- ナチュラルハーモニー
- 色相の自然連鎖
言葉自体は2級までに出てきていますね。例の、PCCSを構成する原理です。「色相環において、黄色が最も明るく、離れるほど暗くする」ことで自然界の色彩に近い配色にすることができます。この明暗関係が「色相の自然連鎖」であって、それに基づいた配色が「ナチュラルハーモニー」です。
イッテン
次のヨハネス・イッテンは、科学者ではなくスイスの芸術家です。現在のデザインの基礎を形作った造形学校バウハウスの教授でもありました。ゲーテの色彩論の影響を大きく受けたイッテンは、著書『色彩の芸術』の中で、自らの色彩調和論を展開しています。
イッテンの色相環はとてもシンプルでわかりやすいものです。色相も12色のみとなっています。100色の色相環を作ったところで、それを覚え込むことは不可能であり、現実的な色彩議論を行う上では12色で十分だという考え方です。
イッテンの色相環
さすが美術屋さんですね。額に入れて飾っておきたいほど洗練されたデザインじゃないですか。イッテンの色相環の仕組みは以下の通りです。
- 赤、黄、青を三原色とする(中央の三角形)
- 各原色を混色して、緑、橙、紫の二次色を作る(六角形)
- 各二次色を混色して、12色の色相を作る
三原色から2回混色を繰り返しているので12色となっているわけですね。イッテンはこの色相環をベースに無彩色の中心軸を添えた球体の色立体も作成しています。
イッテンの色立体(上から見た図)
イッテンはこの色立体をベースに、幾何学的に(つまり数のルールに則って)色をチョイスすることで、調和した配色が実現できると考えました。それが、例の
- ダイアード(2色)
- トライアド(3色)
- テトラード(4色)
- ペンタード(5色)
- ヘクサード(6色)
の配色です。これらの配色はもちろんイッテンが「発明」したわけではありませんが、体系立てて提示したという意味でイッテンの研究の功績の一つと言えるでしょう。
ちなみにこの配色規則を「色相環」ではなく「色立体」をベースにしている、というのは、球の中心点を通って3次元で対象の位置にある2色もダイアードとして機能する、ということです。例えば、明るい緑と、暗い赤、などですね。
ムーンとスペンサー
再びとても理系的なアプローチに戻ります。ムーンが夫でスペンサーが妻の、色彩夫婦です。研究者は論文の実績の都合などで、結婚しても職業的には旧姓を維持する人も多いですね。
彼らはマンセルの色空間を基にして、独自に「オメガ空間」と呼ばれる色空間を構想しました。そして、それに加えて色彩が調和する条件を2つ提示しています。その条件とは、以下の2つです。
- 配色される2色の差があいまいではない
- 色空間(オメガ空間)の中で、その色を表す点が単純な幾何学的図形で表せる
2つめの条件の方が分かりやすいと思います。例えば等色相面の中で、直線や正三角形、円など、特定の規則で選び出した色は調和するということですね。
問題は1つめの条件である「あいまい」です。このあいまいさという考え方は、一番最初に出てきたジャッドの色彩調和第四の原理「明瞭性の原理」にも引き継がれています。それでは、ここで言うあいまいさとは何でしょうか。
まずムーンとスペンサーが定めた「調和」には「同一」「類似」「対比」があります。この辺りは、これまでと大体同じですね。そしてそれ以外の状態として配色の2つのあいまいな状態を定義しました。
- 第一の不明瞭
(同一でも類似でもない差) - 第二の不明瞭
(類似でも対比でもない差)
つまり、ムーンとスペンサーの調和と不調和は、差分が大きくなっていく順番で、以下のように並べることができそうです
- 同一調和
- 第一の不明瞭(同一なのか類似なのか何とも言えない)
- 類似調和
- 第二の不明瞭(類似なのか対比なのか何とも言えない)
- 対比調和
ムーンとスペンサーはこの調和と不明瞭の要素を、アメリカの数学者バークホフが考案した美しさを計算する公式に当てはめました。それが以下の式です。
この複雑さというのは、色相や明度、彩度でどれだけ異なる組み合わせがあるかの合計数です。また、秩序というのは、上記の調和と不明瞭から算出されます。例えば、色相が「同一調和」なら「+1.5」、明度が「第二の不明瞭」なら「-0.2」など、それぞれの基準に照らし合わせて数値を算出します。
彼らは、計算の結果美度が0.5以上になれば、その配色は調和していると言えとしました。式を見れば分かる通り、彼らの基準では複雑さよりも秩序に重きが置かれています。
複雑さの中に秩序を作り出すことができればそれが「美」である。面白いですね。